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イガラシイッセイです。無口の反動は日記に表れます。
by polisan
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CHOP-ME-NOT DIARY
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CHOP-ME-NOT DIARY
インドの人々 (2)
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ふと思い出したので書きます。

インドでは貧富の差が印象的でした。と言っても富の人はほとんど見かけず、アグラの高級ホテルにいた人たちくらいが富なんだと思います。

貧の人はたとえば、道路の中央分離帯が少し広くなって空き地のようになっているところに家を建てて住んでいました。家といっても掘っ立て小屋で、インフラは何もなく、両側を車がびゅんびゅんと走っていて、そんなところに家族で住んでいたと思います。(車の中から通り過ぎる時に見ただけですので、正確な情報ではないかもしれません)

我々のガイドは日本語を学ぶ大学生だったので、きっといいとこのお坊ちゃんなんだと思います。そんな彼でもガイドの給料は1日当たり150ルピーと言っていました。日本円にして約300円です。さすがにチップを貰わないとやっていけないようです。ちなみにタージマハル拝観の外国人料金が750ルピーでした。高い!


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人々の仕事も様々で、驚いたのは公共のトイレにはトイレ守みたいな人がいて手を洗う時に石鹸や紙をくれたりするのですが、必ず5ルピーのチップを要求されます。ですので結局のところ有料トイレのようなものです。またヴァーラーナスィで朝に街を歩いていたら、妙にそこらじゅうゴミだらけでした。ガイド曰く、日曜日だったのでゴミを拾う人がお休みのためそのままになっているということでした。

そして、インドの人々は、そういった有料トイレは割と積極的に使っていますし、ゴミもすぐにその辺にポイ捨てします。前者は経済的じゃありませんし、後者はマナーが悪く感じます。なのになんでそうするのか。一週間の滞在で私が思ったのは、トイレ守やゴミ拾いの人の仕事をなくさないためではないかということです。

ホテルでも、荷物を自分で部屋に持っていこうとするとガイドに止められました。それもきっと、ボーイさんの仕事を奪うことになり、ボーイさんがチップをもらえなくなるからです。すると今度はなんでそこまで他人の仕事に気を配るのかという疑問が湧きます。これも想像ですが、単なる優しさだけではなく、現世でいいことをすれば来世でいい身分に生まれ変わるとか、喜捨精神とかの、宗教的かつ文化的な側面もあるのではないでしょうか。もっと言えば、カースト制にかかわるような。

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現在カーストはインドの法律で禁止されていますが、実際のところ厳然として残っています。職業も結婚もカーストで決められます。トイレ守のカースト、ゴミ拾いのカーストがあって、それ以外の職業は選べません。日本人の感覚からすれば不自由この上ないです。しかし、個人の人生で考えると不幸でも、社会の仕組みとしてどうなんだと考えたときに、何とも言えない気持ちになりました。

というのは、カーストで仕事が決められていれば、その仕事をやる人の数は安定していると思ったからです。日本では今すごく就職難ですが、農業や介護のような分野では人手不足なのに人が集まりません。つらい上に収入が低かったりするからでしょう。私でも他の職を探すと思います。だから偏りが出ます。でもカースト制なら偏りません。

もちろんこれは人権というものをうっちゃってしまっていて、じゃあ奴隷制でもいいのかという話にもなりますので、そんなのは全然よくありません。職業選択の自由は大事です。でもそのせいで偏りが…と考えていってしまうと、もう世界はむつかしすぎてどうにもならなくなります。


あー

頭がぐらぐらする!!


もうだめです…寝ます…なんでこんな話になったんだっけ…?

確かインドに行ったときバナナ売りからバナナを買えばよかったなと思って、
バナナ安かったな、というか物価が全体的に安かったなとなって、
そういえば貧しい人が多かったな、と、そこから冒頭の話が始まったのでした。

整理せずに書き始めると大変だということがわかりました。
着地点はありませんが、おやすみなさい。
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by polisan | 2009-12-02 03:42 | インド
CHOP-ME-NOT DIARY
瞑想して、あの朝の記憶に浸りたい
なんとなく週末は早起きしようと思った。

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by polisan | 2009-11-13 02:11 | インド
CHOP-ME-NOT DIARY
インドで食べた飯 (2)
続きです。

■南インド定食■
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ヴァーラーナスィー初日の昼食はガイドに案内された半地下のレストランでした。入口には守衛がいて物々しい上に薄暗いので、ヤバい所なんじゃないかと思いましたが全然大丈夫でした。でも一人だったら絶対に入れない自信があります。

写真は私が注文した南インドのターリーです。ターリーとは定食のことです。写真の中央上と左下はカレーで大変おいしかったです。しかしそれ以外は酸っぱいだけだったり味がなかったりで食べるのに苦労しました。南インド料理と称してバラモン僧が修行中に食べる精進料理を出されたのかと思いました。

ここではミネラルウォーターも注文したのですが、店員が持ってきたボトルの口がすでに開いているのにガイドが気付き、未開封のボトルに交換しろと言ってくれました。インドでは空ボトルにその辺の水を詰めて売る輩もいるそうで、それを飲んでしまうとおなかを壊す恐れがあります。基本的にガイドはグッジョブで助かりました。(ガイドは23歳の学生バイトで、周囲からは真面目と言われるという好青年です)


■マクドナルド■
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インドにもマクドナルドはあります。ヴァーラーナスィーではショッピングモール内にありました。ショッピングモールはテロを警戒して入口のチェックが厳しいです。そのためなのか景気が良くないのかは知りませんが、モール内はなかなかに閑古鳥が啼いていました。

で、マクドナルドですが、ポテトとコーラの味は日本との違いは感じられませんでした。完璧なマクドナルドです。ただハンバーガーはビーフではなく、チキンやベジがありました。そこはインドですね。私はチキンを食べました。普通でした。値段はセットで99ルピー(約200円)。カレーに飽きたタイミングで食べるとよいと思います。


■ドリンク■
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ヴァーラーナスィーの食堂の店先で買って飲んだ、冷えたジュース。Limcaというライムソーダと、Maazaというマンゴージュースなのですが、これがものすごくおいしい!
Limcaは炭酸が強くなくさわやかで、暑く乾燥した気候にすごくマッチしています。Maazaは濃厚なマンゴージュースで、マンゴー版ネクターといった趣です。それで一本20円から30円くらいなのですから、もう日本の観光地の旅館や料理屋で出てくる瓶のコーラやオレンジジュースは全部これらに変えてしまえばよいと思います。ちなみにペットボトルバージョンもあります。


つづく。
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by polisan | 2009-11-02 02:42 | インド
CHOP-ME-NOT DIARY
アンテナ感度をあげて、あげて
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金曜日。会社帰りにラーメンを食べているとしいなからメールが来た。これから恵比寿で飲むから来てくれ、という内容だった。私は最近の体調と翌日の活動のことを考えて一瞬躊躇したが、注文したばかりの替え玉(かため)を胃袋の掻きこんで早足で駅に向かった。

恵比寿に到着しピーコックの上の居酒屋に入ると、しいなと女性がすでに飲んでいた。女性はなぁぽんさんといった。しいなとtwitter上で飲みましょうという話になり急きょ集まったという。私はもちろんのこと、しいなも初対面だった。彼女はリアル桃鉄経由で我々を知り、すでに1年以上ブログの読者であったらしい。

なぁぽんさんはとても話題が豊富な人だった。いろいろな人、いろいろな本、いろいろとしたこと・見たことの話がポンポンと飛び出し、その内容も面白い。普段から常にアンテナを全開にして様々な情報を吸収し消化しているようだった。私は彼女としいなの会話に耳を傾け、心底素晴らしいと思い、また心底うらやましいと思った。

私はインドから帰ってきて、ちょうどアンテナの感度が悪かったなと少し後悔しているところだったのだ。


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インドに行ったら行ったで何かしら得るものがあるだろう、と私は準備をほとんどしなった。インドの歴史や文化についても予習をしなかった。しかし「ぼられる」「だまされる」「おなかを壊す」といったネガティブ情報にはやたらと縁があり、必要以上に警戒をしてしまった。そのため滞在中は気が休まらず、やっと穏やかな気持ちで思い切り空気を吸えたのは、最終日、帰国当日のデリーへの途上だった。

ジャイプルからデリーへは車でハイウェイを走った。その間見えていたのはほとんど砂と岩だけだった。ときおり放牧されている羊を見かけた。ラクダもいた。しかしほとんどが砂と岩だった。その砂と岩の世界を、私の神経は感じていなかった。車の中は快適で、窓の外に広がる景色は触ることのできない「画面の向こう」のような感覚だった。これでは家のテレビで見るのと一緒だ。

そのことに気付いたのは、ジャイプルとデリーの丁度中間点に位置するレストランで昼食をとるために車を降りた時だった。

空気は乾燥し、日差しは強かった。空気が乾燥し、日差しが強いということを、感じた。そしてジャイプルからここまではつらくて流石に歩けないだろうな、と思った。そう思った時が初めて、インドで「距離」を私のアンテナが捉えた瞬間だった。

飛行機の中でも寝台列車の中でも、基本的に私は寝ていた。室内の温度は常に一定に保たれ、外の景色はよく見えず時間は経てども移動しているという実感がなかった。ところがこのレストランでは、見てきた車窓と降り立った世界が一致し、通ってきた道、これから通る道、果てしなく続く砂と岩、空気と日差し、それらがリアルに私の感覚に入り込んできた。はるばる、ここへやってきたのだ。やっと私はそれを知った。

そしてこの日までインドで見てきたことは、きちんとインドであると理解して記憶に刻み込まれたかが怪しいと感じた。すべてが作られた「インド体験」というアトラクションで遊んだだけではないか、という印象に変わってしまった。インドをインドとして感じるほど私のアンテナが機能していなかった。それは後悔するには十分だった。


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日本に帰ってからインドのことを聞かれたとき、実際に起こった出来事については語れるだろう。しかしそこでどう感じたか、何を考えたか、どんなことと結びつけたか、そういうことはあまり語れないかもしれない。そしてその予想は概ね当たっている。アンテナの感度が低く、思い切った行動も取れなかった。もっと物売りから物を買い、ガイドにたくさんの質問をぶつければよかった。もっと貪欲に、好奇心を持ってあらゆることを血肉にしたかった。そういう感情が今、渦を巻いて小暴れしている。


いずれリベンジを果たそう。きっと。
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by polisan | 2009-10-25 02:42 | 日記
CHOP-ME-NOT DIARY
インドで食べた飯 (1)
スタートからダイジェストでお送りします。

■往路の機内食■
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エア・インディアだから機内食もカレーだろう!と信じ切っていましたので、まさかの日本食が出てきたときはひっくりかえりそうになりました。ただ左上に見える白いサムシング、これは茶碗蒸しかと思ったらめっちゃ甘いサムシングでした。でもなんだかわかりません。デザートなのだとは思いますが、さっぱりわかりませんでした。

カレーじゃなくてがっかりでしたが、現地に着くまで楽しみが延びたと思って前向きにとらえました。


■ホテルの朝食■
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デリーに到着してホテルに直行し、そのまま寝て翌朝の朝食です。早朝からドアをノックされ、まだインドに慣れてない状況でしたので警戒してしばらく居留守を使っていたのですが、しつこくノックするから仕方なくドアを開けると、なんと朝食を持ってきてくれていたのでした。ボーイさんには悪いことしました。

そして朝食はアメリカンスタイルでした。パンとオムレツとジュースと紅茶。ジュースがすごくおいしかったです。まだカレーは登場しません。


■大使館近くのレストラン■
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デリー観光中の昼食は、ガイドに連れられて大使館が集まる近くのレストランへ行きました。ここでついにカレーです!

このカレーがものすごくうまかったです。マトンとかグリーンピースとかチーズとかポテトとか、いろいろなカレーがどんどんと運ばれてきて、そのどれもが日本のうまいインドカレー屋くらいおいしいのです。

じゃあ日本で食べればいいじゃん、という感想は、実際のところ否めません。もっと庶民的なローカルな店に行けば、現地の人が食べるようなものが食べられるのかもしれないと思いました。なぜならこの店は客が外国人観光客ばかりで、1リットルのミネラルウォーターが100ルピー(約200円)もする高級店なのです。街の商店で買えば高くても15ルピーですから、その高級さはおわかりになるかと存じます。

でも本当にうまかったです。食べて損はしません。


■寝台列車の弁当■
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デリーから次の目的地であるヴァーラーナスィーへは寝台列車で移動しました。夕食はその寝台列車の中で売られている弁当を買って食べました。

弁当はビリヤーニー(炊き込みご飯)で、ベジとノンベジがありました。ベジとはベジタリアン向け、ノンベジとはベジタリアンじゃない人向けに肉が入ったバージョンです。私はベジを食べてみました。ビリヤニと一緒に味のないカレーがついてきました。ないというか、薄いというか。生活習慣病対策でしょうか。またオマケでついてきた漬物が激辛で、本気で火を吹くかと思いました。こういう極端な組み合わせがインドローカルなのでしょうか、一筋縄ではいきません。お値段は35ルピー(約70円)でした。


つづく。
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by polisan | 2009-10-23 01:28 | インド
CHOP-ME-NOT DIARY
インドの人々 (1)
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最初の都市のデリーでは観光地間の移動ばかりでしたので、ガイド以外の現地のインドの人と会話をしたのはヴァーラーナスィのホテルに到着してからでした。(もちろん客引きからはもてもてでしたが)

私が思ったのは、インドの人たちってフレンドリーだな、ということでした。


■子供たち■

ホテルは初見じゃ絶対にたどり着けないような狭い路地の先にあって、途中で子供たちがバドミントンをしていました。そこを通りかかると、女の子がラケットを差し出して一緒にやろうと言ってきました。少し遊んで、遊ばせてもらったお礼に同行者がシャボン玉をあげると、なんとも嬉しそうな顔をすること!

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ただ、シャボン玉はひとつだけだったので、女の子が「この子とこの子も姉弟だから何かちょうだい!」とちゃっかり要求してきましたが。


■ホテルのボーイ■
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ホテルはガンジス川がすぐ見下ろせる絶好のロケーションでした。リゾートな雰囲気にあふれ、ボーイさんも普通のシャツにズボンというラフな格好でした。ボーイさんの一人に10代かと思われる若者がおり、気さくに英語で「どこの国から来たの?」と訊くので「日本」と答え、「名前は?」と訊くので「イッセイだ」と答えると、彼は驚いたように言いました。


「君はイッスィー、僕はミッスィー、同じ名前だね!」


いや、

それは同じではないんじゃなかろうか。

と思いましたがニュアンスは伝わったのでそこは話を合せました。(あとイッスィーじゃなくてイッセイなんだけどと思いましたが、ヒンディー訛りだとそうなるんでしょうか)

彼はその後も嬉しそうに「君はイッスィー、僕はミッスィー!」と3回くらい繰り返していました。いいやつだと思いました。そんな無邪気な彼も、荷物を運んでくれたときにチップを渡したら慎み深く目礼をしていたのが印象的でした。(インドの人は滅多に言葉でお礼を言わないようです)


■客引きは別■

いくらフレンドリーとは言え、強引な呼び込みやしつこいリクシャー運転手、日本語で話しかけてくる輩などはカモにしようと寄ってきている可能性が高いので気を付けましょう。現地ガイドも「日本語を話す人は危ないネー」と言っていました。
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by polisan | 2009-10-21 02:08 | インド
CHOP-ME-NOT DIARY
インドの道路
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デリーに到着したのが夜でしたので、その日はそのままホテルで爆睡し、翌日がデリー市内観光でした。観光はツアー会社の車で移動するのですが、車のゆくデリーの交通事情がすごいと思いました。


この国にルールはないのか。(世紀末なのか)


とりあえず横断歩道を見かけた記憶がありません。なので人は車がぶんぶか走っている間をすり抜けるように渡っていきます。もちろんぶつかったらアウトです(人生が)。命がけのゲームかと思いました。
しかしそこは車やバイクもわかっていますので、そもそもあまりスピードを出しません。ツアーの車で次の観光スポットまで移動する際、ガイドが「次の目的地まで25kmですから1時間くらいかかります」と言っていました。平均時速25km/hです。高速道路でも時速40~80km/hくらいでした。

あと渋滞もすごいです。車やバイクが道路にぎっちり詰まっています。リクシャーの後部にペンキで「KEEP DISTANCE」とか書いてあったりしますが、誰も構いやしません。2車線の道路になぜか4本の列ができます。みんな空いている隙間に入ろうとします。そしてその時、彼らはクラクションを鳴らします。

おそらく、デリーで一日に鳴らされるクラクションの量は、日本で一年間に鳴らされるクラクションの量を超えると思います。

そんな交通事情でも人々は別にイライラしておらず、平然としているのがさすが悟りの国だと思いました。

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踏切はくぐるものらしい

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by polisan | 2009-10-18 23:10 | 日記
CHOP-ME-NOT DIARY
インドのにおい
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デリーの空港を出るところ


台風が日本を直撃し遅れること4時間、デリーのインディラ・ガンディー国際空港に到着しました。空気は乾燥していましたが、夜遅かったのであまり暑くはありませんでした。


インドは空気からしてすごい匂いがしそうだ。


と私は思い込んでおり、最初の一呼吸にとても期待していました。そして空港を出たところで深呼吸してみると、意外と、なんの匂いもしませんでした。少し拍子抜けしました。さすがにそこまで変な国じゃないか、と。

空港を出た後は迎えに来ていたツアー会社の車に乗ったのですが、ここで、ん?と鼻が異変を感じました。何かとてもスパイシーな匂いがする。

そしてホテルに到着して建物に入る際も、ん?と同じスパイシーな匂いを感じました。
しかしこれ、インドに来て初めて嗅いだ匂いではありませんでした。エア・インディアの機内に入った時、もっと遡れば、東京のインドビザ申請センターでも嗅いだ匂いだったのです。


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エア・インディアの機内


エア・インディアの機内では、そのスパイシーな匂いを消すためにCAが消臭スプレーを噴射していました。そこまでするほど匂うのです。人づてに何度かインド一人旅をした人から得た情報によると、


「それってインド人の体臭じゃない?」


とのことですが、真偽のほどはわかりません。しかし独特な匂いが屋内にこもるのは確かです。


では屋外は本当に何も匂わないのかというと、さすがにそんなことはありませんでした。空港ではナッシングでしたが、市街地には多少の匂いがあります。獣の匂いです。


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くつろぐヤギ


インドでは街のいたるところに動物がうごめいています。多く見かけた順に犬、牛、水牛、ヤギ、サル、ブタなどなど。もちろん彼らの落し物もゴロゴロ転がっており、少しだけ動物園の匂いがするのです。

しかし、本当に少しです。気になるほどではありません。

また、寺院の近くではお香の匂いがします。旧市街の路地裏などはゴミが散乱していて汚いですが、悪臭はありませんでした。乾燥しているからというのもあるのでしょうか。一番くさかったのは駅かもしれません。

総合的にインドの匂いは好きになりました。匂いで国が分かるってなんかいいですね。
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by polisan | 2009-10-17 01:29 | インド